書評『こどものおもちゃ』(小花美穂)論
館林優一朗

-作品タイトル『こどものおもちゃ』

 『おもちゃ』を辞書で引いてみた。『子供の遊び道具。玩具。』とある。その通り、お
もちゃは子供のものである。では何故この作品タイトルにはわざわざ『こどもの〜』とい
う修飾語が付いているのか。いつの頃からか知らないが、世の中に『大人の〜』が出現し
たからだろう。時には『プレイ(遊び)』と呼ばれる大人の男女の行為に使うから『おも
ちゃ』なのか?それはともかく、この作品タイトルには『子供の領域に大人が入って来な
いで欲しい』という皮肉が込められているのではないかと思う。おもちゃは子供のものな
のに、わざわざ『こどもの〜』と説明しなければいけないのは誰のせいよ!という子供の
声が聞こえてくるような気がする。

-紗南と羽山

 主人公の倉田紗南(くらたさな/小学6年生)は捨て子である。言わば、大人の無責任
な行為が元で誕生した。作品上でこのことが明らかになるのはコミックス3巻以降である
が、それまではそういった暗い過去など微塵も感じさせない振舞を紗南は見せる。紗南は
子供タレント、連載当時は流行語だった言わば『チャイドル(チャイルド+アイドルの造
語)』であり、明るい振舞にも演技力の才能を活かしていた。それを演技だと最初に見抜
いたのが同級生の羽山秋人(はやまあきと)である。彼もまた無責任な大人の犠牲者と言
える家族環境にいたこと、そしていつも全身で本音でぶつかってくる紗南に心を惹かれた
もあり、初めて彼女の内面に入っていく『友人』となる。紗南と打ち解ける以前の羽山の
行動は『家庭に問題がある→ひねくれた』という単純な図式が当てはまりそうだが、実は
そうとも言えないのではないか。連載が進んでいくと、彼もまた彼なりに『演技』をして
いたのではないかと思えてくる。2人は大人の予測を越えた言動をくり返していくが、そ
れはまわりの大人に対してだけのことで、特に羽山は子供だけの時はやはり子供、という
か俗に言う『ガキ』っぽさを露呈する。思春期の頃は男子より女子のほうが精神的成長が
早いと言われるが、まさにこの2人の場合もその通りであった。紗南は時には母親役とな
り、羽山を『あーちゃん』呼ばわりしてからかったりする。他の女子には恐れられ、同級
生の男子にはサン付けで呼ばれる羽山も、紗南には全くかなわないのだ。自分がかなわな
い存在に対しては、どうしても演技をやめなければいけなくなる。大人の男と女でもそう
かも知れないが、先に演技をやめたほうが『負け』なのかも知れない(笑)。連載終盤、
この2人の関係は逆転したりするのだが・・・。

-捨て子、動かない右手、人形病・・・

 そもそもこの作品はシリアスなのかギャグなのか?主人公が少女だというだけで、少女
漫画の枠を越えている。ストーリーだけを文章にしたら、完全にシリアスと思われること
は間違いない。羽山は自分が生まれた時に母親が死に、中学に入ると同級生に刺されて右
手が動かなくなる。紗南は元々捨て子であり、終盤には羽山の海外移住の一件を機に心の
病(人形病)に陥る。他の登場人物にしても、両親が離婚、父親が交通刑務所に服役中な
ど、どこにギャグの入り込む余地があるのかと思うが、そこが作者のスゴイところ。どう
スゴイのかついては多くは語るまい。読んだことのない方は、ぜひ原作を読んでみて欲し
い。第4巻で紗南が自分を捨てた実の母親と会うシーンがあるが、そんな深刻な場面に作
者は見事にギャグを織り混ぜている。他にも序盤から本来なら深刻と思われるシチュエー
ションが次々とやってくるが、読んでいて決して気分が沈むことはないだろう。

-ベイビーラブとは言えない2人

 この作品が連載されていた雑誌は集英社の『りぼん』。知らない人はいないほどの少女
漫画誌である。つまり、作品内容がどうあれ『こどものおもちゃ』も少女漫画というジャ
ンル分けをされるわけで、そうなると『恋愛』をテーマの1つとしなければならない。主
な読者層は少女なのだから、少女たちの興味や憧れを無視できるはずもない。この論評の
筆者のように20歳過ぎてからの男性読者というのは少数派のはずだ(笑)。そもそも筆
者はTVアニメからこの作品に入ったので、リアルタイムな読者とは言えないのかも知れ
ない。筆者は中学時代にとある同級生の女子の影響から少女漫画を読みはじめたが、その
後いくつかの作品を読んでいく毎に、少女漫画作品に共通する1つの不満が芽生えはじめ
た。それは『男キャラ(特にヒロインの相手役)にあまり魅力を感じない』ことだ。とて
も魅力あるヒロインが、なんか見た目はカッコイイだけ(ではないんでしょうけど)の男
に恋をする、しかも健気にひたむきに。現実にもそういったカップルを見かけることがあ
る(笑)が、『もったいねーなー。』の一言である。これは裏を返せば、男性向け漫画誌
に出てくる女キャラが『従順』『胸が大きい』『エッチでドジ』など、男に都合のいいよ
うに描かれがちなのと同じことなのか。女性の観点、男性の観点、それぞれで魅力の定義
も違うのだし、少女漫画は作者も読者もほとんどが女性なのだから、男から見た魅力ある
男(変な意味じゃなくてね(笑))を描かれないのも仕方ないのだろう。
 だがしかし!羽山秋人はちょっと違っていた。紗南も紗南で、およそ少女漫画のヒロイ
ンとは思えないキャラではあるが、羽山も少女漫画のヒロインの相手役としては異端と言
えるだろう。まず彼は、女子たちの憧れの存在ではない。むしろ嫌われ者である。紗南を
して『悪魔のようなヤツ』と言わしめたように、優しさなどということとは無縁。少女漫
画にも不良少年は登場することがあるが、彼のようなタイプは見たことがない。自分の悪
口を言った女子を池に落として溺れさせてしまう、女子で唯一羽山に立ち向かった紗南の
首を締めてしまうなど、そのワルぶりが男子たちのカリスマとなってしまっていた。そん
な救いようのない彼の行動の裏には、出生のエピソードからくる死への願望があったわけ
だが、紗南によって救われて生きることに対する興味を初めて知ってからというもの、バ
カで稚拙な行為をスパッとやめる潔さを見せた。その弊害として男子には見放されて一匹
狼となってしまうが・・・。ただ、そういった状況の変化に対しても彼は見事に感情をコ
ントロールする。自分を取り巻く環境が良くなろうが悪化しようが、例えば冷えきってい
た家族関係が改善されても、自分の右腕がもう動かないと知った時も、彼は最終巻まで一
度も笑わず一度も泣かなかった。まるで『北斗の拳』のケンシロウの如し!とにかくカッ
コイイのである!少女漫画ではありえないキャラじゃないか?
 この羽山と、筆者が思うに少女漫画最強ヒロインである紗南の恋愛、もはやこれは小学
生どうしのベイビーラブとは言えない。お互いに最大の敵でありながら、その信頼関係は
家族以上のものだ。アメリカに旅立つ羽山を空港で見送る時に紗南が大声で叫ぶ。『私、
処女守るからねーー!!』相変わらず無表情で『おう。』と答える羽山。そんな2人に家
族や友人はズッコケているが、2人にとってはごく自然な、短い言葉の中で自分の気持ち
を全て出し切った別れの挨拶であり、この作品の根幹にある2人の恋を象徴したシーンで
ある。

-結局『こどものおもちゃ』って何なのか?

 言うまでもないだろう。それは『大人』である。というか、大人は子供のおもちゃであ
るべきなのだ。ちょっと反則だが、TVアニメ版最終話の紗南のセリフを引用してみる。
-しっかりしてよね!!大人!!
つまり、おもちゃとしての役目をしっかり果たしなさい、ということですよ。この言葉は
現代社会に対する問題提起でもあります。大人がちゃんとおもちゃにならないから、今の
子供たちはどうなっていますか?逆に子供を大人のおもちゃにしていませんか?『こども
のおもちゃ』になり切れないあなたはまだ子供なのであり、『こどものおもちゃ』になれ
てこそ、人は初めて大人になれるのである。

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